日々のひとりごと30−4 ーthe Blending of script and breakー

text4:「小牧山シックス」とは・・・(2)


「墨書石垣石材」はインフラ整備の草分けを示す

墨書の目的とは、その石を使用する場所を書いたり、その石を調達し使用する人名を書くということ。発掘された墨書には「佐久間」と判読され、これは、織田信長家臣団の筆頭家老“佐久間信盛”に代表される佐久間一族が小牧山城の石垣建設に関わっていた可能性が高い。信長は石垣の構築に家臣を割り振りし建設したのだろう。石垣構築はその後、割普請と呼ばれる分担体制が確立し、徳川幕府は諸大名を動員する天下普請をおこなうことへとつながった。まさにインフラ工事の草分けだ


元祖ニュータウン。城郭と一体型であり、ゾーニングをしたまちづくりの原型が戦国時代に完成していた!?

城郭麓に武家屋敷があり、織田信長も自ら住んでいたといわれている。その先には(小牧山南エリアである“堀内町〜元町”付近)、職業別で仕事場や住処をゾーニング・区画割して民衆は生活をしていたのだ。この方式は、江戸時代にも採用されたわけだが、区画整理をし街整備をする近年のニュータウンの構想の元祖ともいえる!?


江戸幕府を築き上げるきっかけが小牧山にあり!

羽柴(豊臣)秀吉陣営と織田信雄・徳川家康陣営の間で行われた戦い「小牧・長久手の戦い」は有名だが、徳川・織田連合軍の戦術的勝利※といわれている。その約20年後の慶長8年(1603)徳川家康は征夷大将軍に任官し、江戸(現、東京都)を本拠として江戸幕府を創立したが、この「小牧・長久手の戦い」の勝利がその先約260年続く江戸幕府創立に大きな影響を与えているといわれる

※ 羽柴軍の戦略的勝利ともいわれており、美濃、伊賀、伊勢南部における織田信雄の影響力を排除したという



と、まあ、ここまで書き上げましたが、監修からの返答は、内容がコアすぎると汗
したがって地域情報誌掲載するにあたっては、もっと簡素化される予定です。このHPはローカルズナレッジなので、私がヒアリングをし、私なりの角度からまとめ、伝えたいので、そのまま記載しておこうも思います。

面白いかどうかは、個人差があると思いますが、凄くないですか!学生時代、必ず習う三英傑が関わり、城の在り方を変え、街づくりにも大きく関わる。そして、江戸幕府へとつながっていく・・・。こんなトピックをこの街の方々は所有しているわけですから、面白いと感じていただき、ぜひ誇りに思って欲しいと思います。なので、この程度の内容、確かに諸説あるかもしれませんが、全然公開しても良いと思うのですが。

いやー、ホントに面白い!

♧墨書(ぼくしょ)石材石垣

わかりづらいが、「佐久間」と記載されている。インフラ工事をする基礎がここになるといっても過言ではない?!

♧小牧山のテッペンには、歴史館が。こんな施設が市内にあるのは面白いと思う。

ローカルの間

The "Locals Lounge" edites it about locals, local attractive point, regional activation of Japan and posts it. “地域資源”が”地域価値”となるような モノコトを探索します。