日々のひとりごと66ー2

text2:幕藩体制についてまとめる(2)“本格的な幕藩体制・江戸幕府”


その後、1603年徳川家康が開いた江⼾幕府において、武⼠階級による完全な全国統治体制を確⽴する。幕府は直接⽀配する幕府領(天領)と⼤名領(藩)、皇室、寺院・寺社の領地に分け、幕府の命令を守らせながら⼟地と⼈⺠を⽀配した。幕府領は全国の⽯⾼の約15%を占め、江⼾・⼤阪・京都・⻑崎などの主要都市のほか、佐渡・⽣野などの主要鉱⼭も幕府領とした。幕府は全国にわたって政治上、経済上重要な地域や⾦⼭・銀⼭などを直接⽀配し、多種にわたる付加税・国益⾦、貨幣発⾏権、献⾦、御⽤⾦、冥加⾦、外国商船の管理に中国産⽣⽷の⽷割符制度と、多数から徴収できる仕組みをつくり収⼊⾯で充実させ、幕府は知⾏の⽯⾼が万⽯以上を⼤名とし、徳川⽒⼀族を「親藩」、関ケ原の戦い以前から徳川⽒の味⽅は「譜代」、関ケ原の戦い以降に徳川⽒にしたがった「外様」の3つに分け、関東、東海、近畿などの重要な地域には譜代、遠くて不便な地域には外様を配置した。また、親藩では、尾張藩(愛知県)、紀伊藩(和歌⼭県)、⽔⼾藩(茨城県)を御三家とよんだ。そして、将軍が直接⽀配する家⾂で知⾏の⽯⾼御⽬⾒以下を旗本・御家⼈とした。領地は将軍が転封・減封・取り潰しできるようにした。このように幕府である将軍を頂点とし、藩である⼤名との関係を軸とした政治体制で、将軍は、⼤名に⼟地の領有と庶⺠の⽀配をおこなわせる代わり封建的主従制

に、⼤名は将軍に軍役を中⼼とした勤めを持って将軍に奉仕するという制度をつくることで、兵備を充実させ優位性を保った。

幕府は、⼤名や朝廷、寺院の三者に対し法度政治をすることで抑圧した。諸⼤名に対しては「武家諸法度」、朝廷へは「禁中並に公家諸法度」、各宗本⼭、本寺に「諸宗法度」を定め、さらには貿易を制限しキリスト教弾圧政策を⾏い、鎖国をすることで権威を保つようにした。


◆日本史概説/豊田武(法政大学)

◆概論 日本歴史/佐々木潤之介・佐藤信・中島三千男・藤田覚・外園豊基・渡辺隆喜(編)



【今日のめし】
武蔵野さん
かき揚げ丼・うどん付きをいただきました。サクサクのかき揚げと量の多いごはん、暖かいうどんは出汁の効いた濃い味で、とても印象的でした。ごちそうさまでした。

ローカルの間

The "Locals Lounge" edites it about locals, local attractive point, regional activation of Japan and posts it. “地域資源”が”地域価値”となるような モノコトを探索します。