NO.1-5地域にとっての「書」を考える
TEXT5:「書」を通じてマインドを学ぶ
繰り返しになるが、あくまで小野道風誕生伝説地なのである。生誕地と言い切れないが「村民がみんな言ってるよ」とわざわざ遺跡碑に刻まれていて、しかも江戸時代から言い続けられている、何ともミステリアスな話なのだ。
そのミステリアス以上に、小野道風は、ヒューマンで哲学的なところに、この地域は惚れたのではないか。
毛筆で「書」を書き続ける以外に、あるいは書き続けないとしても、刻み込んでおきたいのは小野道風のマインドだと思う。
とある文献では、中国より帰国した後の空海が最澄に宛てて書いた手紙「風信帖」を見ると、柔らかくて日本的だ、というものがある。
つまり平安時代初期、日本独自の文化というムーブメントが起こりつつある中で、小野道風は時の人になったのだろう。時の人になるには、よく花札で取り上げられる逸話“柳に飛びつく蛙”の話にあるように“諦めずに努力する気持ち”はもちろんのこと、モノコトの哲学・考え方、トレンドを読む力も大切だ。
小野道風は漢字を、細く、柔らかく、繊細なタッチへと変化させたという実績、漢字を書き崩した「かな」により中国的な文化と、日本的な文化とが共存するようになったこの時代背景含め、また「書」の持つ幅広さから考えると、内面はもちろん見た目への美意識や調和、アレンジ力、想像力こそが、新しいことにチャレンジする精神力と匹敵するマインドなのだと思う。
それこそが、なぜ地域は「書のまち」と言い切るパワーがあるのか・・・ということの結びとなるのだろう。
(写真)小野小学校校長室に飾られている小野道風肖像図
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